2015年 冬アニメ 最終回を迎えた感想4 (3作品)
雨具は一向に進化しないが、傘で完成した気になっているのだろうか?
雨が降ると、手がふさがって、面積が増えて、しかも風に煽られる。
電子機器が発達する一方で、原始的な道具の形って変わらないんだ。天気予報なんて言うのをやってるけどさ、もう地球上に局所的な傘を差すとか雲を退けて、強制的に晴れにしてくれないかな。農耕地は避けてくれていいから。そうすると公道以外だと 土地の所有者の同意とか必要になったり自然保護団体が動き出したりするのかな。
2015最終回アニメはこれで見るのは全部見た。次は新アニメの序盤を見ていかなくちゃ。なんでこんなにアニメが放送されてるの?そんなにアニメ作るのって簡単なの?
アルドノアゼロ2期(全12話)
クロスアンジュ天使と竜の輪舞(全25話)
ガンダム Gのレコンギスタ(全26話)
アルドノアゼロはロボットもの。
「王道」を目指して作られたらしいけど、謳っているほど王道ではなかったし、あれが「王道」だとしたらズレてんじゃないかと疑う。面白いのは面白かった。だから「王道」というのは過去にあるロボットアニメの要素を取り入れていることに対しての予防線なんじゃないの。
2期になってからは主人公の目が機械化することが一番の特徴で、その部分が目立って仕方ない。描き方が主人公の有能さでは無くて、機械の有能さを見せるような作りになっていたからだ。そうなると、機械の目が便利なんだから、この技術を普及させろよ と思わずにはいられなくなる。
技術的に劣った地球側が知恵と勇気で火星の技術を打ち破っていく1期の流れを否定しているようで、1期の方が好きだった。
これを使いすぎると『もってくれ、俺の左目』って中二病患者になったのには苦笑いした。
イナホではなくスレインの方に注目すると、成り上がり方が気持ちいい。そういえば、月の要塞辺りでイナホの台詞にガンダムのアムロのパロディが増えるんだけど、そう考えると、スレインの出世スピードはまるでシャアだね。
アルドノアの戦闘で良かったのは安易に空を飛べないロボットの設定だったと思う。だからメカに重厚感があって好きだった。2期からは宇宙戦になってしまうので良さは埋もれた。06話のファンネルでの戦闘ってさ、オールレンジ武器だから四方から攻撃できるのがファンネルの利点なのにさあ、同じ方向から攻撃してるのって、使いこなせてないって言う演出なの?それで全部避けられてるんだけど、主人公に当たると困るからっていう理由だとしたら、アホらしいよね。
面白かった台詞は、「おまえらは豚と同じだ」みたいに言われて「よく知ってますね」っていう返し。つまり火星にはいない動物のことをよく知ってますね。っていう地球に興味がある火星人の話になる導入になって重要なポイントです。こっから勧善懲悪になるんだと思うけど、スレインの企みが瓦解していく方向に走っていく訳で、マズゥールカは良いポジションのキャラだった。
ラストの話、シナリオ上 わざわざ生き延びさせたスレインをアセイラム王女と全く会わせないのは残念でしかない。生きろって言ったの王女じゃないか。この辺のアフターケアをして欲しかったというのが視聴者の立場です。スレインどころかイナホとも会ってない。想像するのも良いけど、モヤモヤするでしょ。続編が予定されているなら、こういうやり方もあるでしょうが。
クロスアンジシュは美少女ロボもの。
9話が一番面白かった。ガンダムXの『天国なんてあるのかな』の回だ。ノーマの収容施設に送り込まれて、強制労働の日々、ようやくチャンスを手に入れて そこから抜け出すことができたら、そこが地獄 っていうね。
クロスアンジュはシナリオが面白い。戦闘アクションとか露骨なエロとか崩れがちな作画とか表層的な部分は嫌いだけど、根幹的な流れは動きが大きいので見ていて飽きない。
6話で、「あいつ1人で全滅させてるぜ」がモモカを養うためのフラグであったり
7話で、日記に付けた「死者0人」がアンジュを認めるフラグであったり
8話で、冒頭の「強制射出」が脱出のフラグであったり
1話の中にフリとオチが用意されて1話完結をかなり意識してあるのが分かりやすい。
戦闘に関しては殺陣のワンパターンさが腹立たしい。とりあえずカット末尾に蹴りを入れてフレームアウトさせる。しかも既視感がひどい。他作品のレイアウトを流用でもしてるんじゃないか。つまりロボット部分に関しては本気でやってないんだと思う。ストーリーが十分面白いから、そっちに比重が寄っちゃったのかな。
パラメイルみたいな兵器をノーマが自由にできて、マナを持つ人間にその対抗力が無かった。危機感が欠落してるのか、全体的に荒唐無稽な部分が多いので細かいことが気になる人には向かないだろう。例えばエンブリオは脳の中身を書き変えられるんだから、負けようがない。そういえば、痛みを快感に変えるシーンとかエロマンガのノリだったな。あのまま解除しなけりゃよかったんだよ。
Gレコはロボもの。
1話の唐突さはすごかった。状況が既にスタートしてから終わりかけてる状態で始まってるじゃん。それきっかけで主人公にカメラが向く訳でもなく、独立している。
そういった不親切さが目立っているのは、ガンダムというだけでネームバリューはあるんだから、見てもらう努力はしてないんじゃなかろうか。その固定視聴層を味方として利用するのは構わないけど、そうでなければ「分かり難い」の一言で切られてしまっても仕方ないような作品だった。ガンダムでも無く富野監督でもなかったら評価はどうなっていたことやら。
放送前のコピーで一番印象的だったのが「子供に見てもらいたい」という趣旨の発言だった。ガンダムの時は子供じゃなくて「中高生以上に評価されたい」という趣旨の発言があって、そのガンダムと比較してもGレコの方が複雑で、子供が興味を持ちそうな要素も少なく思う。なにしろ勢力が多いし、勢力内で分化されてる。この同勢力内の立場の分化がやっかいなんだよね。ガードとアーミィ、アメリアとメガファウナ、ベルリは早々にメガファウナの立場に移行するし、ジット団のレコンキスタ思想が金星の総意というわけでもないのだし。
これで作品の趣旨まで理解できる小学生はエリートすぎる。それで思ったんだけど、「子供向け」っていうのは「現在子供」の世代に向けて作ったという方向の話じゃないのかね。とりあえず未来に向けて作ったと。
Gレコは珍しく全話の脚本を富野由悠季1人で担当している。ここが結構危険だと思った。ガンダムのアニメと小説の違いを想像すると分かりやすい。というのは、アニメの方は複数の脚本家が関わっている一方で、小説はもちろん富野1人によるもので、ロボットアニメよりもSF寄りになっていて文章があまり整理されていない。今回のアニメは(最後の作品だから?)自分勝手に作品を作ってみたかったんだろうなということは理解できる。
26話通して、あまり盛り上がりが見えなかった。主人公側の絶対的なピンチとか、地球にアクシズが落ちてくるようなことも無かったし、因縁のライバルキャラもいなかった。淡々とSF設定が語られていくあたりは、やはりロボットアニメとしてはマズイ部分が出ているなと思う。ヒロイックな部分が少ない。
一番印象に残ってるのはマニィがガランデンに帰還させてもらえないとことかマニィが大気圏を突入できないところ。よくフラグを回避したもんだ。あとマニィが普通にメガファウナから出て行ったとこも、そんなのアリなの?と困惑とした。この行動力は尋常じゃない。髪を切ったのもそうだし、劇中での変化が大きかったキャラで追いかけるのが楽しい。
まだ1回通して見ただけなので、とりあえず見た感想がこれ。ガンダムなので、また繰り返して細かく見ていくつもりだけど、第一印象はすごく悪かった。
| Permalink | 0
Comments